「どなたでもお使いいただけます」。そう書かれた商品の説明を読んで、買おうと決めたことがあるでしょうか。たぶん、記憶にも残らないまま通り過ぎたはずです。
言葉は、向ける先が広がるほど薄くなります。全員に向けた呼びかけは、結局、誰の耳にも止まりません。ターゲット設定とは、この薄まりを止めるための作業です。
この記事では、ターゲット設定とは何かを整理したうえで、なぜ絞ると選ばれるのかという原理を解説します。
あわせて、多くの人がここで足を止める「絞ったら客が減るのでは」という不安にも、正面から答えます。ひとりで事業を回す人にとって、絞ることは我慢ではなく、限られた手数を効かせるための現実的な選択になります。
この記事の要点
- ターゲット設定とは、誰に向けて話すかを決める作業です。市場を分類して名前を付けることではありません。
- 全員に向けた言葉は、誰にも届きません。相手を1人に絞ると、その人にとって「自分ごと」の話に変わります。
- ひとり事業は手数が限られます。だから届く範囲を狭くして、深さで選ばれる。絞りは弱者の戦略です。
- 「絞ると客が減る」は、たいてい逆になります。減るのは、もともと買う気のなかった人です。
- ターゲットを外れた人が買ってはいけない、という話ではありません。決めるのは、誰に向けて話すかだけです。
ターゲット設定とは、誰に向けて話すかを決めること
ターゲット設定とは、自分の商品やサービスを誰に向けて届けるかを決めることです。市場を年齢や性別で切り分け、そこに名前を付ける作業ではありません。
決めているのは、たった1つ。言葉を発するとき、頭のなかに誰を置くかです。ここが定まらないまま書いた文章は、どこにも着地しません。
| 項目 | 絞っていない言葉 | 絞った言葉 |
|---|---|---|
| 呼びかけ | 起業したい方へ | 会社を辞めずに小さく始めたい方へ |
| 読んだ人の反応 | 自分のことだと気づかない | 自分のことだと気づく |
| 商品の説明 | 何でもご相談ください | 最初のひと月の設計だけを一緒にやります |
| 向いていない人 | 決まっていない | すでに人を雇っている事業者 |
「誰に売らないか」を決める作業でもある
誰に向けるかを決めると、同時に、誰に向けないかも決まります。この2つは同じことの表と裏です。
「向いていない人」を言えない商品は、「向いている人」も言えていません。全員に合うという主張は、誰にとっても特別ではないという意味になるからです。
だから絞る作業は、足し算より引き算に近くなります。捨てた分だけ、残った人への言葉が濃くなるという構造です。
「誰に」は、「何を」「どのように」とは別の問い
事業を組み立てるとき、決めることは大きく3つあります。誰に、何を、どのように。ターゲット設定が担うのは、このうち「誰に」の1つだけです。
3つは互いに引っぱり合うので、どれか1つが動くと残りも動きます。とはいえ3つを同時に考えると、たいてい混ざって前に進みません。3点をどう組み立てるかは誰に・何を・どのように|事業コンセプトを3点で設計する手順で解説しています。
売るものそのものがまだ決まっていない段階なら、事業アイデアの発想を先に読んだほうが早いでしょう。コンセプト全体の組み立てを見たい場合は、事業コンセプト設計が入口になります。
なぜ絞るのか|全員に向けた言葉は誰にも届かない
呼びかける相手を広げるほど、言葉から具体性が抜けていきます。抜けた結果として残るのは、誰にでも当てはまり、誰の心も動かさない文章です。
呼びかけが広いほど、輪郭が消える
「起業したい方へ」という言葉を考えてみます。範囲としては最大です。会社を辞めたい人も、副業を始めたい人も、法人化を考えている人も、すべて含まれます。
ところが、含まれる人の全員が「これは自分のことだ」と感じません。範囲が広いということは、自分だけに向けられた言葉ではないということだからです。
いっぽう「会社を辞めずに、休日だけで小さく始めたい方へ」と書くとどうでしょう。呼ばれた側は立ち止まります。範囲が狭いぶん、当てはまった人にとっては名指しに近づくためです。
絞ると「自分ごと」に変わる
騒がしい店の中にいても、自分の名前を呼ばれると気づきます。人は、自分に関係のある情報だけを拾い上げるようにできています。
読者が文章を読むときも同じです。大量の情報のなかから、自分の状況と重なるものだけに反応します。だから届けたい相手の状況を、そのまま言葉にする必要があります。
「売上が伸び悩む方へ」では、まだ広い。「単価を上げたいのに、値上げを切り出せない方へ」まで狭めると、当てはまる人はぐっと減ります。しかし当てはまった人にとって、その一文はもう他人の話ではありません。
具体的であるほど、信じてもらえる
狭い言葉には、もう1つの効き目があります。この人は自分の状況をわかっている、という信頼です。
広い言葉は、誰にでも言える言葉でもあります。誰にでも言えるということは、深く知らなくても言えるということ。読む側は、そこを敏感に感じ取ります。
逆に、自分でも言語化できていなかった困りごとを言い当てられると、人は「この人はわかっている」と受け取ります。絞ることで得られるのは、届く確率だけではありません。信じてもらえる確率も上がります。
ひとり事業こそ絞る|絞りは弱者の戦略
絞りが効くのは、事業の規模が小さいときほどです。手数が限られるからこそ、限られた手数を1か所に集める必要があります。
大手と同じ広さでは戦えない
大きな会社は、広い呼びかけでも成立します。広告費をかけて何度も接触でき、営業も、店舗も、サポートも人数で回せるからです。薄い言葉でも、量で押し切れます。
ひとりで事業をする人に、その体力はありません。使えるのは自分の時間だけで、1日に書ける文章も、会える人数も限られています。同じ広さで勝負すれば、単純に量で負けます。
**だから、広さを捨てて深さを取る。**これが規模の小さい側に残された現実的な戦い方です。
狭くするほど、深くできる
守る範囲を狭めると、1人あたりにかけられる時間が増えます。相手の状況をよく知り、商品を合わせ込み、言葉を磨く余裕が生まれます。
たとえば「デザインを承ります」と広く受ける状態と、「開業したばかりの整体院の看板とチラシだけを作ります」と狭く受ける状態を比べてみます。後者は、扱う案件が似てくるぶん、経験がまっすぐ積み上がります。
似た仕事が重なると、質は勝手に上がっていきます。上がった質は次の依頼を呼び、狭さがそのまま強さに変わります。広く浅く受けていると、この積み上がりが起きません。
一番手になれる場所まで狭める
広い市場では、ひとり事業が上位に入る余地はほとんどありません。しかし範囲を狭めていくと、どこかで「その条件なら、この人しかいない」という場所に届きます。
その場所は、大きな会社にとっては小さすぎて割に合いません。人を雇い、固定費を抱えている側は、小さすぎる市場に入る理由がないからです。小さいことは、ひとり事業にとって欠点ではなく、参入されにくさになります。
弱い側が勝てるとすれば、それは相手が来ない場所か、相手が本気を出さない場所です。絞るとは、その場所まで自分の位置をずらしていく作業だと言えます。
「絞ると客が減るのでは」への答え
ここで多くの人が手を止めます。範囲を狭めれば、その分だけ売上の元になる人数が減る。感覚としては、まっとうな心配です。
とはいえ、この心配は前提が1つずれています。広く呼びかけたときの「人数」は、届いた人数ではなく、通り過ぎた人数だからです。
減るのは、もともと買わなかった人
広い言葉を1000人が目にしても、自分ごとだと感じる人はほとんどいません。目に入ることと、届くことは別のできごとです。
絞ると、呼びかけの範囲は確かに小さくなります。減っているのは、もともと反応しなかった人たちです。
仮に、範囲を10分の1に狭めたとします。人数だけ見れば大幅な減少です。しかし残った人の反応する割合が10倍を超えれば、実際に手を挙げる人はむしろ増えます。母数の掛け算では、確率のほうが大きく動くわけです。
もちろん、この計算は絞れば必ず増えると保証するものではありません。ただ、「範囲=売上」という思い込みは、いったん外したほうがよいでしょう。
ひとりで受けられる数には、そもそも上限がある
もう1つ、忘れられがちな前提があります。ひとりで回す事業は、そもそも大量に受けられません。
月に対応できる件数が10件なら、必要なのは10件分の反応です。1万人に届く必要はありません。むしろ広く集めて問い合わせだけが増えると、断る手間と、噛み合わない相談への対応で時間が溶けます。
ひとり事業の目的は、市場を取ることではありません。回せる範囲を、確実に埋めることです。この目的から逆算すれば、狭さは不利ではなくなります。
絞っても、外の人が買えなくなるわけではない
ターゲット設定を、入場制限だと思っている人は少なくありません。ここは誤解です。
決めているのは、誰に向けて話すかだけ。看板を1方向に立てるだけで、扉に鍵をかけるわけではありません。「30代の女性へ」と書いた商品を、40代の男性が買ってはいけない理由はどこにもないでしょう。
現実には、絞った言葉が想定の外にいる人を連れてくることもよくあります。強い言葉は、それ自体が目印になるからです。ターゲットの外にいる人が反応したら、その人を歓迎すればすむ話です。
怖いのは絞りすぎではなく、絞らないまま止まること
絞りすぎを心配する人は多いのですが、絞りすぎたかどうかは、絞ってみないとわかりません。そして絞りすぎた場合は、広げれば直ります。
いっぽう、絞らないまま進むと何も検証できません。誰にも届かない言葉を出し続け、反応がない理由もわからないまま時間が過ぎます。修正のしようがないという意味では、絞りすぎより重い状態です。
最初に決めるターゲットは仮説にすぎません。当たれば深め、外れれば置き直す。決めることのコストは、決めないことのコストより、たいてい小さくなります。
ターゲットを絞ったあとに、何が変わるか
誰に向けるかが決まると、そのあとの決定が驚くほど軽くなります。逆に言えば、ここが決まらないうちは、何を決めても仮置きのままです。
| 決めること | ターゲットが曖昧なとき | ターゲットが1人に決まったとき |
|---|---|---|
| 商品の内容 | あれもこれも入れて膨らむ | その人に要るものだけ残る |
| 価格 | 相場を見て決める | その人の困りごとの重さで決める |
| 発信する場所 | とりあえず全部やる | その人がいる場所だけ |
| 書く言葉 | 誰にでも当てはまる説明 | その人の言い回しをそのまま使う |
商品を作るとき、機能を足すかどうかで迷うのは、誰のための機能か決まっていないからです。相手が1人に決まっていれば、「その人が使うか」だけで答えが出ます。
発信も同じです。SNSを全部やるべきかという問いは、相手が決まっていないから生まれます。その人がどこで情報を集めているかがわかれば、やらない場所のほうが多くなります。
AIに壁打ちを頼むときも、この差が出ます。「集客のアイデアを出して」では一般論しか返りません。相手の状況、困りごと、使っている言葉まで渡せば、返ってくる案の粒度は変わります。ターゲットを言語化しておくことは、そのままAIへの入力を整えることでもあります。
そして次の一歩は、実際に絞る作業に入ることです。属性ではなく状況と困りごとで絞る手順は、ターゲットの絞り込み方で解説しています。「この人には合わない」と言い切る考え方は万人受けを捨てる考え方、1人を鮮明に描く手順はペルソナ設計をご覧ください。
よくある質問
ターゲットを絞ると、お客さんが減りませんか。 減るのは、もともと買わなかった人です。全員に向けた言葉は誰の記憶にも残らないため、広く呼びかけても実際に反応する人はほとんどいません。絞ると呼びかけの数は減りますが、届いた人が「自分のことだ」と気づく確率は上がります。ひとりで回す事業では、受けられる件数にもともと上限があるため、少数から確実に選ばれるほうが現実的です。
ターゲットは何人くらいを想定すればいいですか。 1人です。年齢層や職業といった集団で捉えると、その集団の平均像に向けた言葉になり、輪郭がぼやけます。実在しそうな1人を思い浮かべ、その人に手紙を書くつもりで言葉を選ぶと、似た状況にいる人にも届きます。
ターゲット以外の人が買いたいと言ってきたら、断るべきですか。 断る必要はありません。ターゲット設定が決めているのは、誰に向けて話すかであって、買える人を制限する仕組みではないからです。呼びかけの矢印を1方向に定めるだけなので、届いた先にいる人が誰であっても、その人が納得して買うなら歓迎してかまいません。
ターゲットとペルソナは何が違いますか。 ターゲットは「誰に向けるか」という範囲の話で、ペルソナはその範囲のなかにいる1人を、名前や生活まで含めて具体的に描いたものです。ターゲットを決めてからペルソナを描く順番になります。
ターゲットは途中で変えてもいいですか。 変えてかまいません。最初に決めたターゲットは仮説であって、契約ではありません。実際に売ってみると、想定と違う人が反応することはよくあります。大事なのは、変えないことではなく、いま誰に向けて話しているのかをつねに1つに保つことです。
まとめ
ターゲット設定とは、誰に向けて話すかを決める作業です。市場を切り分けて名前を付けることでも、買える人を制限することでもありません。頭のなかに置く相手を、1人に定めるだけの話です。
絞ると選ばれるのは、言葉が「自分ごと」に変わるからです。全員に向けた呼びかけは輪郭を失い、誰の耳にも止まりません。狭くするほど当てはまる人は減りますが、当てはまった人にとっては名指しに近づきます。
ひとり事業には、広さで押し切る体力がありません。だから深さを取る。守る範囲を狭めるほど経験が積み上がり、大きな会社が入ってこない場所に立てます。絞りは我慢ではなく、弱い側が勝つための形です。
「絞ると客が減る」という不安は、いったん置いてください。減るのは、もともと買わなかった人です。ひとりで受けられる件数には上限があり、必要なのは全員ではなく、回せる分だけの反応です。決めることのコストより、決めないまま止まるコストのほうが重くなります。
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