商品やサービスの値段を、どの数字まで下げてよいのか。原価はいくらで、いくら利益を乗せれば手元に残るのか。値付けの場面では、こうした計算がついて回ります。ところが多くの人は、周りの相場をなんとなく眺めて数字を置き、赤字になる一歩手前かどうかを確かめないまま走り出してしまいます。
値付けの「考え方」や「戦略」、つまり価格が何で決まるのか、コスト・競合・価値の3つの基準をどう使い分けるのかは、経営戦略側の記事で整理しています。価格の土台の見方は価格設定の基本、3つの決め方の中身は3つの価格設定手法にまとまっています。
この記事は、そこには踏み込みません。財務・会計の側から、原価・乗せたい利益・目標の数字をもとに、値付けの「下限」や必要な価格を計算で押さえることだけに絞ります。言いかえると、「この価格を下回ると赤字になる」という割ってはいけないラインを、勘ではなく数字で確かめる作業です。
仮の計算例で手を動かしながら進めます。数字はすべて説明のための仮の数字で、実在の相場や業種ごとの平均値ではありません。自分の事業では、必ず自分の数字を当てはめて計算してください。
この記事の要点
- 絶対に割ってはいけない下限は、1個あたりの変動費です。ここを下回ると売るたびに現金が減ります。そこに乗せたい利益を足したものが、値付けの土台になる下限です。
- 粗利率から価格を逆算するときは、原価を(1から目標粗利率を引いた数)で割ります。原価に率を足すのとは別の計算で、ここを取り違えると狙った粗利率に届きません。
- 目標利益から、必要な価格や販売数を逆算できます。目標利益と固定費を足した金額を、1個あたりの粗利で割ると、必要な販売数が出ます。
- 値引きは、値引き率より粗利の減り方が大きくなります。同じ利益を保つのに必要な販売数の増加を、値引き前に計算で確かめておくと安全です。
割ってはいけない下限を、原価から計算する
まず、これ以上は下げられないという下限を押さえます。ここでいう下限には、二段階あります。
ひとつめは、1個あたりの変動費です。変動費とは、売れた分だけかかる費用のことです。仕入れや材料費、その商品に直接かかる手間などが当たります。たとえば、ある商品を1個用意するのに、仕入れで仮に600円、直接かかる手間ぶんを仮に200円と見積もると、変動費は1個あたり800円です。価格がこの800円を下回ると、1個売るごとに現金が減っていきます。これが、絶対に割ってはいけない最初のラインです。
ふたつめは、そこに乗せたい利益を足した金額です。変動費800円に、1個あたり400円の利益を乗せたいなら、土台となる下限は1,200円になります。これは、原価から素直に積み上げた値付けの出発点です。
ただし、注意が要ります。この1,200円で売れても、それがそのまま手元に残るわけではありません。家賃や通信費のように、売れても売れなくても毎月かかる固定費があるからです。固定費をどれだけの販売数でまかなえるかという計算は、損益分岐点の話になります。固定費と変動費を分けて損益分岐点を計算する手順は損益分岐点の計算に、原価と粗利率をどう組み立てるかは原価と粗利率の計算に譲ります。ここでは、「変動費が絶対の下限、そこに利益を乗せたものが土台の下限」という二段階だけを押さえておきます。
粗利率から、必要な価格を逆算する
次に、粗利率を先に決めて、そこから必要な価格を逆算する計算です。ここには、多くの人がつまずく落とし穴があります。
粗利率とは、価格のうち粗利(価格から変動費を引いたもの)が占める割合です。式にすると、粗利率=粗利 ÷ 価格になります。
たとえば、原価(変動費)が仮に800円の商品で、粗利率を60パーセントにしたいとします。ここで「原価に60パーセント足せばよい」と考えると、800円の1.6倍で1,280円。ところが、この1,280円の粗利率を計算すると、粗利は1,280−800=480円、粗利率は480 ÷ 1,280で約37.5パーセントにしかなりません。狙った60パーセントには遠く届きません。
正しくは、原価を(1から目標粗利率を引いた数)で割ります。
必要な価格 = 原価 ÷ (1 − 目標粗利率)
= 800円 ÷ (1 − 0.6)
= 800円 ÷ 0.4
= 2,000円
粗利率60パーセントを実現するには、価格は2,000円が必要だという計算になります。念のため確かめると、粗利は2,000−800=1,200円、粗利率は1,200 ÷ 2,000で0.6、たしかに60パーセントです。
「原価に率を足す」のと「粗利率を率にする」のは、別の計算です。ここを取り違えると、思ったより利益が残らない値付けになります。目標の粗利率があるなら、割り算で価格を逆算する。この一手を覚えておくだけで、値付けの下限がぶれにくくなります。
目標利益から、必要な価格と数量を逆算する
下限が見えたら、今度は「これだけ利益がほしい」という目標から逆算してみます。
仮に、ひと月の目標利益を30万円としましょう。この商品の1個あたりの粗利は、価格2,000円から変動費800円を引いて1,200円です。そして、ひと月の固定費を仮に18万円とします。
目標利益に届くには、固定費もまかなったうえで30万円を残す必要があります。つまり、必要な粗利の合計は、目標利益と固定費を足した金額です。
必要な粗利の合計 = 目標利益 + 固定費
= 30万円 + 18万円
= 48万円
必要な販売数 = 必要な粗利の合計 ÷ 1個あたりの粗利
= 48万円 ÷ 1,200円
= 400個
ひと月に400個売れて、はじめて目標の利益に届く計算です。ここで大事なのは、この400個が現実的かどうかを、正直に見ることです。もし400個が明らかに無理な数なら、打てる手は限られてきます。価格を上げて1個あたりの粗利を増やすか、変動費や固定費を下げるか、目標利益を見直すか。この逆算は、そのどれを動かせばよいかを、数字で見えるようにしてくれます。
逆に、価格を先に決めきれないときは、この式を組み替えて、必要な価格のほうを求めることもできます。売れそうな数と目標利益から、1個あたりにいくらの粗利が要るかを出し、それに変動費を足せば、必要な価格が見えてきます。目標利益から売上や費用の全体を逆算して計画を立てる進め方は、利益計画の記事につながっていきます。
値引きの怖さを、数字で見る
最後に、値引きが利益をどれだけ削るかを計算で確かめます。ここは、感覚と数字がもっとも食い違いやすいところです。値引きは「率」で語られがちですが、効いてくるのは「粗利」だからです。
先ほどの商品で見てみます。価格2,000円、変動費800円なので、1個あたりの粗利は1,200円でした。ここで10パーセント値引きして、価格を1,800円にしたとします。
値引き後の価格 = 2,000円 × (1 − 0.1) = 1,800円
値引き後の粗利 = 1,800円 − 800円 = 1,000円
価格は10パーセント下げただけですが、粗利は1,200円から1,000円へ、200円減りました。減った割合は約17パーセントです。価格を10パーセント下げると、粗利は17パーセント近く減る。値引き率より、利益の減り方のほうがずっと大きいことが分かります。変動費の割合が高い商品ほど、この差は大きく開きます。
では、値引き後に前と同じ粗利の合計を保つには、どれだけ多く売る必要があるでしょうか。仮に、値引き前は100個売れて、粗利の合計は1,200円×100個=12万円だったとします。
必要な販売数 = 12万円 ÷ 1,000円 = 120個
同じ12万円の粗利を保つには、120個を売らなければなりません。10パーセントの値引きを取り戻すのに、20パーセント多く売る必要があるということです。値引きは「たくさん売れれば取り返せる」と考えられがちですが、取り返すのに必要な販売増は、値引き率より大きくなります。値引きを決める前に、この必要販売数を計算しておくと、安売りに引きずられずにすみます。
なお、ここで見ているのは目先の計算です。安すぎる値付けは、目の前の1回で赤字にならなくても、続けるうちに事業を立ちゆかなくします。数をこなす前提の薄い利益は、手が回らなくなった瞬間に崩れるからです。値上げでこれを立て直す考え方は値上げの考え方にありますが、まずは最初の値付けで下へ振りすぎないことが、何よりの防ぎ方になります。
計算した下限を、値付けの土台に
ここまでの計算で出てくるのは、あくまで下限や、目標から逆算した必要価格です。これは値付けそのものではなく、値付けの土台です。
割ってはいけない下限と、目標に届くために必要な価格。この二つが数字で見えていれば、値付けの足元は固まります。あとは、その土台のうえに、競合の相場や、相手が感じる価値という戦略の観点を乗せて、最終的な数字を決めていきます。相場のどこに位置するか、価値からどこまで上乗せできるか。その決め方は3つの価格設定手法が扱う領分です。
順番としては、まず財務側でこの記事の計算をして下限を押さえ、そのうえで戦略側の3つの基準を重ねる。この順で進めると、「気づいたら赤字ぎりぎりで売っていた」という失敗を避けられます。値付けは勘で決めるものではなく、まず割ってはいけない数字を計算で確かめ、そのうえで戦略を乗せるもの。落ち着いてこの順を守れば、難しい計算ではありません。
AI時代の応用・次の一歩
この記事の計算は、AIを試算の相棒にすると手早く進みます。
たとえば、変動費・固定費・目標利益といった自分の数字を渡して、必要な価格や必要な販売数を計算してもらう。粗利率から価格を逆算する式や、値引き後に必要な販売増を出す式を、条件を変えながら何通りも試算してもらう。「価格を1割上げたら、必要販売数はどう変わるか」といった問いを投げれば、複数の案を並べて見比べられます。手計算だと面倒な繰り返しを、AIは苦もなくこなします。
ただし、渡す数字が間違っていれば、返ってくる答えも間違います。変動費に入れ忘れた費用があれば、下限は実際より低く出て、赤字のラインを見誤ります。AIが出した数字は、式が正しいか、単位がそろっているかを自分で一度たしかめてください。そして、AIが出せるのはあくまで計算までです。最終的にいくらで売るかは、下限という土台のうえに、相場と価値を見て自分で決める判断です。計算はAIに任せてよいところ、判断は手放してはいけないところ、と切り分けると、道具として安心して使えます。
次の一歩として、まずは手元の商品ひとつで、1個あたりの変動費を書き出し、割ってはいけない下限を出してみてください。そこから粗利率での逆算、目標利益からの逆算へと進めます。原価と粗利率の組み立ては原価と粗利率の計算へ、固定費をふまえた損益分岐点は損益分岐点の計算へとつながります。
よくある質問
値付けの下限は、原価にいくら足せば出ますか。 絶対に割ってはいけない下限は、1個あたりの変動費です。ここを下回ると、売るたびに現金が減ります。そのうえで乗せたい利益を足した金額が、値付けの土台になる下限です。ただし家賃などの固定費もまかなう必要があるため、実際に残る利益は販売数によって変わります。
粗利率を60パーセントにしたいとき、原価に60パーセント足せばよいですか。 その計算だと、狙った粗利率には届きません。原価に60パーセント足すのと、粗利率を60パーセントにするのは別の計算になります。価格は原価を(1から目標粗利率を引いた数)で割って出します。原価800円で粗利率60パーセントなら、800を0.4で割って2,000円が必要な価格になります。
少しの値引きなら、利益への影響も少しですみますか。 そうとは限りません。値引き率よりも、粗利の減り方のほうが大きくなるためです。粗利率が高くない商品ほど、わずかな値引きが利益を大きく削ります。同じ利益を保つには販売数を増やす必要があり、その増やす割合を計算で確かめてから値引きを決めるほうが安全です。
計算で出した価格を、そのまま販売価格にしてよいですか。 この計算で出るのは、割ってはいけない下限や、目標から逆算した必要価格です。値付けそのものではありません。最終的な価格は、この下限を土台に、競合の相場や相手が感じる価値を合わせて決めます。決め方の考え方は3つの価格設定手法の記事に譲ります。
まとめ
値付けは、勘で数字を置くものではありません。まず、割ってはいけない下限を計算で押さえます。絶対の下限は1個あたりの変動費で、ここを下回ると売るたびに現金が減ります。そこに乗せたい利益を足したものが、原価から積み上げた土台の下限です。
粗利率から価格を逆算するときは、原価を(1から目標粗利率を引いた数)で割ります。原価に率を足すのとは別の計算で、取り違えると狙った利益が残りません。目標利益からは、目標利益と固定費を足した金額を1個あたりの粗利で割ることで、必要な販売数を逆算できます。その数が現実的かを見ることで、価格・費用・目標のどれを動かすかが数字で見えてきます。
そして値引きは、値引き率より粗利の減り方が大きく、同じ利益を保つには思った以上の販売増が要ります。値引き前にその割合を計算しておくことが、安売りへの歯止めになります。こうして計算した下限は、あくまで値付けの土台です。そのうえに競合と価値の観点を重ねて最終的な数字を決める。財務で足元を固め、戦略を乗せる。この順を守れば、値付けはぐっと落ち着いた作業になります。
あわせて読みたい
無料登録で、学びを“あなた仕様”に
原理原則は、このまま登録なしで読めます。無料登録すると、続きの学びが記録・案内され、迷わず次に進めます。