前の記事で、事業の数字は売上=単価×数量、利益=売上−費用という2つの式に集約されることを見ました。ではその式を使って、「あと何個・何件売れば、この事業は赤字を抜け出せるのか」という、もう一歩踏み込んだ問いに答えてみます。
その答えを出すための目印が、損益分岐点です。売上と費用がちょうど釣り合い、利益がゼロになる点のことで、ここを超えて初めて黒字になります。難しい計算のように聞こえますが、必要なのは割り算がひとつだけです。
この記事では、損益分岐点とは何かをおさえたうえで、固定費と変動費に分けて考える理由、実際の計算のしかた、そして目標を「売上いくら」から「あと何個」へ翻訳する使いどころまでを、仮の数字を追いながら順に見ていきます。あわせて、安易な値下げがこの分岐点をどう押し上げるかにも触れます。
なお、売上と利益の基本の式そのものは売上・利益の方程式に、どのくらいの粗利を目指すかという率の設計は粗利・原価率にまとめています。この記事は、その間にある「利益がゼロになる点」に絞ります。
この記事の要点
- 損益分岐点とは、売上と費用がちょうど等しくなり、利益がゼロになる点です。ここを下回れば赤字、超えて初めて黒字になります。
- 計算は、固定費を1個あたりの粗利(単価−1個あたりの変動費)で割るだけです。固定費15万円・粗利3,000円なら、50個が分岐点になります。
- 大きな使いどころは、目標を「売上いくら」ではなく「あと何個・何件」に翻訳できる点です。ぼんやりした売上目標が、具体的な行動の数に変わります。
- 固定費を下げると分岐点が下がり、値下げをすると分岐点が上がります。固定費が軽いことは、ひとり事業の強みになりやすいと考えられます。
損益分岐点とは、利益がゼロになる分かれ目
損益分岐点とは、売上と費用がちょうど同じ額になり、利益がゼロになる点のことです。売上がこの点を下回っていれば費用のほうが多く、赤字になります。逆にこの点を超えると、超えた分がそのまま利益になっていきます。
言いかえると、「ここまで売れば、少なくとも損はしない」という境目です。事業を始めたばかりの時期や、売上が読みにくい時期に、まず超えておきたいラインだと考えると位置づけがつかみやすくなります。黒字か赤字かを分ける分かれ目なので、「損益分岐」と呼ばれます。
大切なのは、損益分岐点は「売上をいくらにすればいいか」だけでなく、「あと何個・何件売ればいいか」という数にも直せる点です。この個数への翻訳が、あとで見る使いどころにつながります。まずは、その計算に必要な費用の分け方から整理します。
固定費と変動費に分けて考える
損益分岐点を出すには、費用を固定費と変動費の2つに分けておく必要があります。この区別が、計算の土台になるからです。
- 固定費は、売れても売れなくても、毎月ほぼ一定でかかる費用です。事務所の家賃、通信費、ツールやソフトの月額などが当てはまります。1個も売れない月でも出ていきます。
- 変動費は、売れる量に応じて増える費用です。材料費、仕入れ、決済手数料、送料などが当てはまります。売れなければ、その分はかかりません。
なぜ分けるかというと、損益分岐点の計算では、この2つがまったく違う働きをするからです。固定費は「まず回収しなければならない、動かない塊」として立ちはだかります。いっぽう変動費は、1個売るごとに差し引かれるので、「1個あたり、手元にいくら残るか」を左右します。
この「1個あたり、手元にいくら残るか」が、計算の要になります。単価から1個あたりの変動費を引いた額を、ここでは粗利と呼びます。単価5,000円の商品に、1個あたり2,000円の変動費がかかるなら、粗利は3,000円です。この3,000円が、固定費という塊を1個ずつ削っていく力になります。
なお、費用の分け方そのものをもう少し詳しく知りたい場合は、売上・利益の方程式で固定費と変動費の見分け方を扱っています。
計算のしかた|固定費を1個あたりの粗利で割る
損益分岐点の販売数は、次の割り算ひとつで出ます。
損益分岐点の販売数 = 固定費 ÷ 1個あたりの粗利(単価 − 1個あたりの変動費)
仮の数字で追ってみます。固定費が月15万円、単価が5,000円、1個あたりの変動費が2,000円の事業を考えます。まず1個あたりの粗利は、5,000円 − 2,000円で3,000円です。この3,000円で固定費15万円を割ると、15万円 ÷ 3,000円で50個になります。つまり、月に50個売れたところで、売上と費用がちょうど釣り合います。
表にすると、50個の前後で何が起きているかが見えます。
| 販売数 | 売上(単価5,000円) | 変動費(1個2,000円) | 固定費 | 利益 |
|---|---|---|---|---|
| 40個 | 20万円 | 8万円 | 15万円 | −3万円(赤字) |
| 50個 | 25万円 | 10万円 | 15万円 | 0円(損益分岐) |
| 60個 | 30万円 | 12万円 | 15万円 | +3万円(黒字) |
50個を境に、赤字から黒字へ切り替わっているのが分かります。そして50個を超えた分は、1個売るごとに粗利の3,000円がそのまま利益に積み上がっていきます。60個なら、超えた10個分の3,000円で、利益は3万円です。反対に、40個しか売れなければ、足りない10個分だけ固定費を回収しきれず、3万円の赤字になります。
計算で使う「1個あたりどれだけ残るか」を、どのくらいに設計するとよいかという率の話は、この記事の範囲を超えます。粗利率や原価率の目安の立て方は、粗利・原価率にゆずります。
使いどころ|目標を「あと何個」に翻訳する
損益分岐点が役に立つのは、ぼんやりした売上目標を、具体的な行動の数に翻訳できるところです。
「今月は頑張って売上を伸ばそう」という目標は、気持ちは分かっても、何をどこまでやればいいのかが見えません。ところが損益分岐点を出しておくと、「まず50個までは赤字を埋める段階、そこから先が利益」と、いまの位置が数で分かります。目標が「売上いくら」ではなく「あと何個・何件」に変わると、今日の一歩が決めやすくなります。
たとえば月の途中で30個まで売れているなら、分岐点まではあと20個です。「あと20個」という数字は、声をかける相手の数や、出す案内の回数に落とし込みやすくなります。利益をいくら残したいかが決まっていれば、そこも個数に直せます。月に3万円の利益がほしいなら、粗利3,000円で割って10個、分岐点の50個に足して60個が目標だと分かります。
このように、損益分岐点は「守りのライン」であると同時に、目標を数える物差しにもなります。感覚で「もっと売らないと」と焦るより、必要な数がはっきりしているほうが、限られた時間の使いどころを決めやすくなります。
固定費を下げると分岐点が下がる
損益分岐点は固定的なものではなく、費用の組み立て次第で動きます。とくに効くのが、固定費です。
割り算の式を思い出すと、分岐点は固定費 ÷ 1個あたりの粗利でした。分子の固定費が小さくなれば、割り算の答えである必要販売数も小さくなります。先ほどの例で、固定費を15万円から9万円に減らせたとします。すると9万円 ÷ 3,000円で30個となり、分岐点が50個から30個へ下がります。黒字にするために売らなければならない数が、2割減ではなく、丸ごと20個も軽くなるわけです。
ここは、ひとり事業の強みが出やすいところだと考えられます。大きな組織は、事務所や人件費といった重い固定費を抱えがちで、分岐点がどうしても高くなります。いっぽうひとり事業は、固定費をぎりぎりまで軽くしておけば、少ない販売数でも黒字に届きます。売上が読みにくい時期ほど、この身軽さが効いてきます。固定費を軽く保つことは、それ自体が守りの一手になります。
値下げが分岐点を押し上げる
反対に、損益分岐点を悪い方向に動かしてしまう代表が、安易な値下げです。ここは見落とされやすいので、最後に取り上げます。
値下げをすると、単価が下がる分だけ1個あたりの粗利が減ります。粗利は、固定費という塊を1個ずつ削る力でした。その力が弱まれば、同じ固定費をまかなうのに、より多く売らなければ黒字になりません。つまり、値下げは損益分岐点を押し上げます。
数字で見ると分かりやすくなります。単価5,000円・変動費2,000円なら粗利は3,000円で、分岐点は50個でした。ここで単価を4,000円に値下げすると、粗利は2,000円に減ります。固定費15万円を2,000円で割ると75個です。分岐点が50個から75個へ、25個も跳ね上がりました。1個あたり1,000円下げただけで、黒字化に必要な数が5割増えた計算になります。
安く見せれば売れるはず、という感覚は分かります。ただ、値下げは「これまでより多く売って、はじめて同じ利益」という状態を招きます。値引きを考えるときは、下げた分をまかなうために、あと何個よけいに売る必要があるのかを、この分岐点で確かめておくと、判断が落ち着きます。価格そのものの決め方は、価格設定の基本で扱っています。
AI時代の応用・次の一歩
損益分岐点は式が単純なので、生成AIを使ったシミュレーションと相性のよい題材になります。前提の数字を渡して試すと、打ち手を並べて見比べやすくなります。
たとえば「固定費15万円、単価5,000円、変動費2,000円のとき、損益分岐点は何個か。固定費を9万円に下げた場合と、単価を4,000円に下げた場合も並べて」と投げると、条件ごとの分岐点をまとめて返してくれます。「利益を月5万円残すには何個売ればいいか」といった逆算も、式が単純なぶん素早く試せます。頭のなかで一つずつ電卓を叩くより、複数の案を横に並べて眺められるのが利点です。
ただし、気をつけたい点があります。AIが出す分岐点は、渡した前提の数字がそのまま正しいという仮定の上に成り立っています。固定費に入れ忘れた費用があったり、変動費を低く見積もっていたりすれば、答えも実態からずれます。値下げしても数量は減らない、といった都合のよい前提を置けば、計算上はきれいに見えてしまいます。前提となる固定費や変動費を自分で正しく拾い、その数字が本当に合っているかを確かめるのは、人の側の仕事です。計算はAIに任せ、前提の正しさは自分で引き受ける、と分けて考えると、地に足のついた使い方になります。
次の一歩として、まずは手元の事業で、固定費・単価・1個あたりの変動費の3つを書き出し、実際に割り算をして自分の分岐点を出してみてください。そのうえで、率の設計は粗利・原価率へ、価格の決め方は価格設定の基本へと進めます。
よくある質問
損益分岐点とは、何のことですか。 売上と費用がちょうど等しくなり、利益がゼロになる点のことです。ここを下回っていれば赤字、超えて初めて黒字になります。いくら売れば赤字を抜け出せるかを示す目印だと考えると分かりやすくなります。
損益分岐点は、どうやって計算しますか。 固定費を、1個あたりの粗利(単価−1個あたりの変動費)で割ると、損益分岐点になる販売数が出ます。たとえば固定費が月15万円、1個あたりの粗利が3,000円なら、15万円÷3,000円で50個が分岐点になります。
損益分岐点を下げるには、どうすればいいですか。 固定費を下げるか、1個あたりの粗利を上げるのが基本です。固定費が軽くなれば、割り算の答えである必要販売数が減ります。事務所や月額ツールなど、売れなくても出ていく費用を見直すと分岐点が下がりやすくなります。
値下げをすると、損益分岐点はどうなりますか。 上がる方向に動きます。値下げは1個あたりの粗利を減らすため、同じ固定費をまかなうのに、より多く売らないと黒字になりません。安く見せたつもりが、黒字化のハードルを上げていることがあります。
まとめ
損益分岐点とは、売上と費用がちょうど釣り合い、利益がゼロになる点のことです。ここを超えて初めて黒字になり、超えた分は1個あたりの粗利がそのまま利益に積み上がっていきます。
計算は、固定費を1個あたりの粗利(単価−1個あたりの変動費)で割るだけです。固定費15万円・単価5,000円・変動費2,000円なら、粗利3,000円で割って50個が分岐点になります。この数字があると、目標を「売上いくら」ではなく「あと何個・何件」に翻訳でき、今日の一歩が決めやすくなります。
そして損益分岐点は動きます。固定費を下げれば分岐点は下がり、少ない販売数でも黒字に届きます。固定費が軽く保てることは、ひとり事業の強みになりやすいと考えられます。反対に、安易な値下げは1個あたりの粗利を削り、分岐点を押し上げます。値引きを考えるときは、下げた分をまかなうのにあと何個よけいに売る必要があるかを、この分岐点で確かめておくと安心です。
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