起業を考え始めると、事業アイデアや資金の話に目が向きがちです。ただ、その前にひとつ言葉にしておきたいものがあります。自分はなぜ起業したいのか、という動機です。
動機は人によってさまざまです。自由に働きたい、収入を増やしたい、実現したいことがある、今の環境への不満、身につけたスキルを活かしたい。どれも立派な起業の理由になります。
この記事では、自分の動機を自分の言葉にするための型と手順をまとめます。
なぜ動機を言葉にするのかまで含めて扱うので、まだぼんやりしている段階でも読めるようになっています。
この記事の要点
- 起業の動機は人それぞれで、正解はありません。まず型を知り、自分の芯がどれかを掘り下げるのが出発点になります。
- 動機を言葉にする理由は3つあります。苦しいときに踏みとどまる燃料になること、どんな事業を選ぶかの判断のものさしになること、人に伝わって協力や集客につながることです。
- 動機には、今がいやだから離れたいという逃げの動機と、これを実現したいという向かう動機があります。逃げだけだと続きにくいので、向かう側に翻訳します。
- なぜを3回繰り返すと、表面の理由の下にある本音まで届きます。手を動かして掘るのが確実です。
動機は人それぞれ|まず型を知る
起業の動機に、良い悪いはありません。ただ、自分の動機がどのあたりにあるのかを知っておくと、そのあとの掘り下げがしやすくなります。よくある動機を、いくつかの型にわけて見ていきます。
- 自由に働きたい:時間や場所、仕事の進め方を自分で決めたい。上司や決まった時間割から離れたい。
- 収入を増やしたい:会社の給料の枠を超えて、自分の稼ぎを自分で伸ばしたい。
- 実現したいことがある:作りたいものやサービス、届けたい相手がはっきりしている。
- 今の環境への不満:働き方や人間関係、評価のされ方に納得できず、変えたい。
- スキルを活かしたい:身につけた技術や経験を、自分の名前で世に出したい。
多くの人は、このうちのひとつだけではなく、いくつかが重なっています。たとえば、収入を増やしたい気持ちと、身につけたスキルを活かしたい気持ちが同時にあることは珍しくありません。
大切なのは、そのなかで自分の芯がどれかを見きわめることです。全部が同じ重さということはあまりなく、最も奥にある願いが、たいてい行動を動かしています。次の章から、その芯を掘り下げていきます。
なぜ動機を言葉にするのか
動機は頭のなかにあるだけでも、なんとなくは分かります。それでも言葉にする価値があるのは、書き出したときにはじめて働く効き目が3つあるからです。
苦しいときに踏みとどまる燃料になる
事業を始めると、思うように売上が立たない時期や、うまくいかない出来事が必ず訪れます。そのとき、なぜ自分はこれを始めたのかという言葉があると、もう一度立ち上がるための燃料になります。
動機が言葉になっていないと、つらさだけが目の前に残り、始めた理由を思い出せなくなります。あらかじめ書いておいた動機は、迷ったときに立ち返る場所になります。
どんな事業を選ぶかの判断のものさしになる
事業の選び方に迷ったとき、動機がものさしになります。自由に働きたいのが芯なら、時間に縛られる形の事業は合いません。収入を大きく伸ばしたいのが芯なら、単価や仕組みの作りやすさで選ぶことになります。
動機がはっきりしていると、目の前の選択肢が自分に合うかどうかを、そのものさしで判断できます。逆に動機があいまいだと、はやっているからという理由で選んでしまい、あとで違和感が残りやすくなります。
人に伝わって協力や集客につながる
なぜこの事業をやっているのかという言葉は、自分のためだけのものではありません。取引先や仲間、そしてお客さんに伝わると、共感や信頼が生まれます。
同じサービスでも、作り手がなぜそれをやっているかが伝わると、応援したくなる人が出てきます。動機を言葉にしておくことは、協力してくれる人やお客さんとの出会いにもつながります。
「逃げ」の動機と「向かう」動機を分ける
動機を掘っていくと、性質のちがう2種類が見えてきます。今がいやだから離れたいという逃げの動機と、これを実現したいという向かう動機です。
逃げの動機そのものは悪いものではありません。不満や違和感は、自分にとって大事なものが何かを教えてくれる合図だからです。ただ、逃げの動機だけで走り出すと、続けるのが難しくなりがちです。いやなものから離れた時点で目的が果たされてしまい、その先に進む力が残りにくいからです。
そこで、逃げの動機を向かう動機に翻訳します。手順は簡単です。
まず、何がいやなのかをできるだけ具体的に書き出します。次に、そのひとつずつに対して、ではどうなっていたら満足なのかを書きます。この反対側にある望みが、向かう動機になります。
たとえば、通勤がいやだという不満は、住む場所や働く時間を自分で決めたいという望みの裏返しです。上司の指示に従うのがいやだという不満は、自分の判断で仕事を進めたいという望みを示しています。
不満を望みに書き換えると、離れたい気持ちが、実現したい姿に変わります。この向かう動機があると、いやなものから離れたあとも、進み続ける理由が手元に残ります。
「なぜ?」を3回繰り返して本音まで掘る
動機を言葉にする作業で確実なのは、頭のなかで考えるのではなく、実際に手を動かして掘ることです。おすすめは、なぜを繰り返して本音まで届く問いかけです。
やり方はこうです。最初に浮かんだ動機に対して、なぜそう思うのかと問います。出てきた答えに、またなぜと問います。これを3回ほど繰り返すと、表面の理由の下にある本当の願いが見えてきます。
たとえば、こんなふうに掘り下がっていきます。
- 収入を増やしたい。なぜそう思うのか。
- 今の給料では暮らしに余裕がないから。なぜ余裕がほしいのか。
- 家族との時間や、やりたいことにお金を使いたいから。なぜそれを大事にしたいのか。
- 時間やお金に追われず、自分で選んだことに使える生き方をしたいから。
最初は収入という言葉だった動機が、3回のなぜを経て、自分で選んだことに時間とお金を使いたいという願いにたどり着きました。ここまで掘ると、動機は自分だけのものになります。
問いに向き合うときのポイントを、いくつか挙げておきます。
- きれいにまとめようとしない:人に見せる前提を外し、本音のまま書きます。
- 答えが出にくくても止めない:うまく言葉にならなくても、思いつくままに書き続けます。
- 書いたものを寝かせる:一度書いたら日を置いて読み返すと、違う言葉が出てきます。
掘り下げた結果を、一文にまとめておくと使いやすくなります。自分は◯◯のために起業する、という形です。この一文が、判断のものさしにも、踏みとどまる燃料にもなります。
なお、掘り下げた動機を出発点に、自分の強みや経験を棚卸ししていく作業は、自分の強みを棚卸しする方法で扱っています。動機を言葉にできたら、次はそちらに進むと流れがつながります。
AI時代の応用・次の一歩
動機の掘り下げは、ひとりでやると煮詰まることがあります。同じ問いを自分に向け続けるのは、思いのほか難しいからです。ここは、対話型のAIを問いかけの相手として使えます。
たとえば、自分が起業したい理由を書き、なぜそう思うのかを3回続けて質問してほしい、と頼む使い方があります。AIが淡々となぜを重ねてくれるので、自分では止まってしまう掘り下げを、もう一段先まで進めやすくなります。
書き出した動機の言葉が、人に伝わるかどうかを確かめる相手としても使えます。この文章を読んで、何を大事にしている人に見えるかと尋ねると、自分の言葉が相手にどう届くかの手がかりが返ってきます。ずれていれば、言い直す材料になります。
散らばった思いを整えるのにも向いています。掘り下げのメモをまとめて渡し、共通している願いを見つけてほしいと頼むと、自分では気づかなかったつながりが見えることがあります。
ただし、AIが出した言葉をそのまま自分の動機にしないでください。動機は自分のなかから出てくるものです。AIは、問いを重ねる相手や、言葉を映し返す鏡として使い、最後に一文にまとめるのは自分の手で行います。
動機が言葉になったら、次は形にする段階です。何から始めるかは独立・開業の始め方、どんな事業にするかは事業アイデアの発想で扱っています。
よくある質問
起業の動機はお金のためでも問題ないですか。 問題ありません。収入を増やしたいという動機は多くの人が持つ自然なものです。ただし、そのお金で何をしたいのか、なぜその額が要るのかまで掘ると、動機はより自分のものになります。お金は手段であることが多く、その先にある本当の願いまで言葉にしておくと、事業の選び方や踏みとどまる力につながります。
動機が「今の会社がいやだから」しかありません。それでも起業していいですか。 その気持ちは出発点として自然ですが、それだけだと続きにくい面があります。いやだという不満は、裏返すと自分が本当に望む働き方を教えてくれます。何がいやかを具体的に書き出し、その反対にある望みを言葉にすると、逃げの動機を向かう動機に翻訳できます。向かう先が見えてから動くほうが、途中で迷いにくくなります。
動機を言葉にしても、途中で変わってしまいそうです。 動機は変わってかまいません。事業を続けるうちに、最初の動機が深まったり、別の願いが見えてきたりするのは自然なことです。大切なのは、その時点での本音を言葉にしておくことです。書いたものがあれば、変わったときにも何がどう変わったかを確かめられ、次の判断がしやすくなります。
やりたいことが特にありません。動機がないと起業できませんか。 強い夢がなくても起業はできます。やりたいことが明確な人ばかりではなく、今の環境を変えたい、自分の裁量で働きたいといった動機から始める人もいます。まずは小さな不満や願いを書き出し、なぜを繰り返して掘ってみてください。はっきりした夢がなくても、自分が何を大事にしたいかは見えてきます。
まとめ
なぜ起業するのかという動機に、正解はありません。自由に働きたい、収入を増やしたい、実現したいことがある、今の環境を変えたい、スキルを活かしたい。どれも出発点になります。まず型を知り、そのなかで自分の芯がどれかを見きわめるところから始まります。
動機を言葉にする価値は、3つの効き目にあります。苦しいときに踏みとどまる燃料になること、どんな事業を選ぶかの判断のものさしになること、人に伝わって協力や集客につながることです。頭のなかにあるだけでは、この3つは働きません。
そのとき気をつけたいのが、逃げの動機と向かう動機のちがいです。今がいやだという気持ちは自然な合図ですが、それだけだと進む力が続きにくくなります。不満を望みに書き換え、向かう動機に翻訳しておくと、離れたあとも進み続ける理由が残ります。
言葉にする作業は、頭で考えるより手を動かすほうが確実です。なぜを3回繰り返して本音まで掘り、自分は◯◯のために起業する、という一文にまとめてみてください。その一文が、これから何度も立ち返る場所になります。
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